大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和53年(あ)1717号 決定

主文

本件上告を棄却する。

理由

被告人本人の上告趣意のうち、憲法違反をいう点は、原審において主張、判断を経ていないものであり、また、判例違反をいう点は、引用の判例は事案を異にし本件に適切でなく、その余は、事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

なお、所論にかんがみ職権によつて本件自動車検問の適否について判断する。警察法二条一項が「交通の取締」を警察の責務として定めていることに照らすと、交通の安全及び交通秩序の維持などに必要な警察の諸活動は、強制力を伴わない任意手段による限り、一般的に許容されるべきものであるが、それが国民の権利、自由の干渉にわたるおそれのある事項にかかわる場合には、任意手段によるからといつて無制限に許されるべきものでないことも同条二項及び警察官職務執行法一条などの趣旨にかんがみ明らかである。しかしながら、自動車の運転者は、公道において自動車を利用することを許されていることに伴う当然の負担として、合理的に必要な限度で行われる交通の取締に協力すべきものであること、その他現時における交通違反、交通事故の状況などをも考慮すると、警察官が、交通取締の一環として交通違反の多発する地域等の適当な場所において、交通違反の予防、検挙のための自動車検問を実施し、同所を通過する自動車に対して走行の外観上の不審な点の有無にかかわりなく短時分の停止を求めて、運転者などに対し必要な事項についての質問などをすることは、それが相手方の任意の協力を求める形で行われ、自動車の利用者の自由を不当に制約することにならない方法、態様で行われる限り、適法なものと解すべきである。原判決の是認する第一審判決の認定事実によると、本件自動車検問は、右に述べた範囲を越えない方法と態様によつて実施されており、これを適法であるとした原判断は正当である。

よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(寺田治郎 環昌一 横井大三 伊藤正己)

被告人の上告趣意〈省略〉

〈参照〉

【第一審判決理由】

(宮崎地裁昭五二(わ)第二六一号、道路交通法違反被告事件、昭53.3.17刑事部判決)

二被告人および弁護人は、本件自動車検問は、何らの法的根拠もなくなされた違法なもので、本件証拠のうち、右の検問が端緒となつて収集された証拠は、証拠能力がない旨主張する。

1 一概に自動車検問といつても、主に交通取締を目的とする交通検問、一般犯罪の予防検挙を主な目的とする警戒検問、特定犯罪の犯人検挙等を目的とする緊急配備検問など種々の態様のものがあり、また検問の具体的方法によつても法的問題に相異があるので、まず、本件自動車検問がどのような実態のものであつたかその事実関係を検討する。

2 この点について、証拠によれば、次のような事実が認められる。

(一) 外勤係の鹿島、原口両巡査は、昭和五二年七月七日それぞれ当番勤務を終え、午後一〇時から翌朝午前七時までの拠点勤務につき、新町警察官派出所で豊丸巡査部長と合流し、同月八日午前二時三〇分ごろ、鹿島、原口巡査が警邏に出て中村警察官派出所に赴き、同派出所内外を巡回した後午前二時四五分ごろから問題の橘橋南詰で警邏の一環として飲酒運転など交通関係違反の取締を主な目的とする交通検問に従事した。

(二) 検問場所を橘橋南詰に決めたのは、時期的に飲酒運転が多く、飲食店の多い宮崎北警察署管内から鹿島、原口両巡査が所属している宮崎南警察署管内に帰る者が通常橘橋を通るところから、同所が検問に適していると判断したことによるもので、原口、鹿島両巡査は、橘橋南詰の道路端に立つて赤色燈を回しながら北方から橘橋を渡つて来る車両すべてに停止を求める方法で検問を実施した。

当時、同一方向に走行して来る車両は、五分に一台位の割合で、検問を終了した同日午前五時一五分までに二五、六台に停止を求め、その間、酒気帯び運転で五人検挙し、被告人もそのうちの一人であつた。

被告人車両は、その走行の外見的状況からは格別不審の点はなかつたが、道路端に立つて検問を実施していた鹿島巡査が被告人車両を認めて赤色燈を回わし、停止の合図をすると被告人の方で、車両を道路左端に寄せ、同巡査の前で停止したので同巡査は、被告人車両の前を通つて運転席のところに行き、運転席の窓を開けてもらい、窓越しに被告人に運転免許証の呈示を求めたところ、酒臭がするので、酒気帯び運転の疑いを持ち、降車を求めた。

(三) 被告人が、これに応じ格別拒否することもなく、素直に降車したので、それまで同車の後部付近で整備不良の有無の点検していた原口巡査に被告人の酒臭の有無を確認してもらつたところ、酒臭がするというので、被告人に中村警察官派出所までの同行を求めた。被告人はそれを承諾し、原口巡査が被告人の了解を得て被告人車を運転し、鹿島巡査が被告人と一緒に一〇ないし二〇メートル離れたところにある同派出所に赴き、同所において飲酒検知したところ、呼気一リツトルにつき、0.25ミリグラム以上のアルコールが検出されたため、被告人にもその旨確認させたうえ、原口巡査において鑑識カードを作成するとともにいわゆる交通切符を作成し、被告人の署名押印欄に署名を求め、被告人もこれに応じて署名押印した。

(四) その後、右の交通切符のうち、いわゆる赤切符を被告人に手渡し、車両を置いて後日取りに来るか車中で酔いを醒してから帰宅するよう伝えたところ、被告人は、車両を置いて徒歩で帰宅した。

(五) 両巡査の所属する南署では、月二回の例会で全署員に対し、交通検問の方法につき、(1)、歩車道の区別のある道路では、歩道上に立ち、区別のない道路では、道路端に立つて昼間は、手信号で、夜間は赤色燈等を回して停止の合図をし、(2)、通行車両の前にとび出して停止を求めたり、バリケードなど交通妨害になるようなものは使用しないこと、(3)、対象者に対する言葉遣いをていねいにし、必要なこと以外はいわないこと、(4)、停止時間についても最少限度にし、交通妨害にならないようにすること、(5)、停止の合図に応じない車両については、直ちに追跡するようなことをせず、車両の特徴や車両番号を確認して県警本部無線指令室に無線で報告することを指導し、(5)の場合には、検問担当者の報告に基づき、調査しその車両が盗難車などと思われるときには、パトカーで事後追跡することにしていること

が認められる。

3 右の事実関係からすると、鹿島、原口両巡査の行つた問題の自動車検問は、主に交通取締の目的で橘橋南詰の道路端に待機し、同所を北方から南方に通行する車両すべてに対し、走行の外観状況等から交通違反を犯している等の不審な点の有無にかかわらず停止を求める形で行われた無差別の交通検問と解されるが、このような無差別の交通検問でも対象車両の走行の外観状況等から交通違反を犯している等の不審な点が客観的に認められる場合には道交法六七条一項、警察官職務執行法(以下警職法という。)二条一項等により停止等を求め得ることは明らかで、格別問題はないところである。

4 ここでの問題は、右認定の被告人車両のように走行の外観状況等からは交通違反を犯している等の不審な点が客観的に認められない車両に停止等を求め得るか否かである。

この点については、道交法に規定する各種の停止権や警職法二条一項の停止、質問権が、問題の交通検問の根拠となり得ないことはいずれも一定の要件のもとに認められていることから明らかであり、これを許容する法律の特別の根拠規定もないところであるが、社会生活において自動車が必要不可欠のものとなり、その普及も目ざましく、道路における危険防止、交通の安全と円滑の確保の重要さが増大している現時の交通状況からすると、交通の安全と交通秩序を維持するために本件のような交通検問の必要性は否定できないところであつて、警察法二条一項が交通取締を警察の責務として掲げ、交通の安全と交通秩序の維持をその職責と規定していることに鑑みると、同条項は、交通取締の一環として当然右のような交通検問の実施を警察官に許容しているものと解されるところである。この点で警察法は組織法であつて同条二条一項は、個々の警察官の権限を規定したものではなく、単に警察の所掌事務の範囲を定めたに過ぎないとする見解もあるが、同条項は、組織体としての警察の所掌事務の範囲を定めるとともに、警察がその所定の責務を遂行すべきことも規定したものであつて警察官にとつて権限行使の一般的な根拠となり得るものと解するを相当とする。ただこの場合、警察官がその職責を遂行するに当つて取り得る警察手段としては、法律の特別の根拠規定を要しない任意手段に限られるべきであつて、個人の意思を制圧して強制的に警察目的を実現する強制手段のように同条項とは別に法律の特別の根拠規定を必要とし、その根拠規定に基く限りにおいてのみ許容するを相当とするものは、権限行使の一般的根拠となり得るにとどまる同条項に基く職責遂行の手段としては是認できないところで問題の交通検問も右のような任意手段による場合に限り法的に許容されるというべきである。

しかも、同条二項が、同条一項に定める警察責務の遂行に当つては憲法の保障する個人の権利および自由の干渉にわたる等その権限を濫用することがあつてはならない旨定め、警察官の職務執行の一般法的性格を持つ警職法が、その二条一項において一定の要件の下に警察官に停止、質問権を認め、その一条二項において、同法に規定する手段は、同法一条一項所定の警察目的のため必要な最少の限度において用いるべきものと規定している趣旨に照らすと、右のような警察法二条一項に基く任意手段にとどまる場合においても、そのすべてが許容されるものではなく、警察官の権限行使の具体的な必要性と相手方の受ける不利益とを比較考慮しその権限行使が社会通念上是認できる必要最少限度のものに限り許容されるというべきで、走行の外観状況等からは交通違反を犯しているなどの不審の点が客観的に認められない車両に対し停止を求める問題の交通検問にあつては、それが相手方の完全な自由意思に基く任意の協力を求める形で行われ、その方法も強制にわたらないもので、検問を実施するについて相当の必要性があり、相手方に過重な負担をかけない場合に法的に是認されると解すべきである。

5 これを本件についてみるに、本件自動車検問は、前記認定のとおり、橘橋南詰の道路端から赤色燈を回して合図し、被告人車両に停止を求める方法で行われ、これに応じて被告人が道路左端に停車し、警察官の質問に応じたもので、その間に強制的要素はなく、被告人の完全な自由意思に基く任意の協力を求める形で行われ、検問を実施した理由も時期的に飲酒運転の多い情況を踏えて飲酒運転等の検挙のために行つたもので、検問を行う相当の必要性もあり、また被告人に過重な負担をかけるものでなかつたと認められるところであるから、適法な検問であつたというべきである。

【第二審判決理由】

(福岡高裁宮崎支部昭五三(う)第四八号道路交通法違反被告事件、昭53.9.12刑事部判決)

訴訟手続の法令違反の所論、すなわち、原判決は、その挙示する証拠の標目中被告人作成の供述書謄本(交通事件原票謄本中のもの)以下の各証拠は、いずれも違法になされた自動車検問によつて得られた証拠であるから、禁止、排除すべきであるのにこれを証拠として採用した、また、被告人の自動車運転に関する補強証拠を示さず、被告人の自白だけでこれを認定している、右の二点において原判決の訴訟手続には誤りがあるという主張について。

まず、証拠の証拠能力の点について検討する。被告人について本件酒気帯び運転違反が問責された契機、その端緒となつた自動車検問の実態、右違反事実に関する証拠の収集とそれに対する被告人の応待状況を含む本件捜査の経過は、原判決の(被告人および弁護人の主張に対する判断)の二の2に認定するとおりである。すなわち、原口、鹿島両巡査は、本件当夜、時期的に飲酒運転の多い情況を踏まえて飲酒運転など交通関係違反の取締を主な目的とする交通検問を実施し、橘橋南詰道路端に待機し、同所を北方から南方へ通過する車両のすべてに対し走行上の外観等の不審点の有無にかかわりなく赤色燈を廻して合図をする方法で停止を求めた。被告人は、自車を運転して橘橋を南進中に右停止の合図に気付き、これに応じてみずから車両を道路左端に寄せて同巡査の前で停止した。そこで、鹿島巡査は、被告人に運転席の窓を開けてもらい、その窓越しに運転免許証の提示を求めたところ、酒臭がしたため、ここにおいて被告人について酒気帯び運転違反の疑いが生じ、原口巡査も酒臭のすることを確認したうえで被告人にその旨を告げ、その承諾のもとに同所から一〇ないし二〇メートル離れた中村警察官派出所に被告人を同行し、同派出所で右違反事実の捜査を開始した(被告人は、鹿島巡査と徒歩で赴き、被告人の車両は、その承諾の下に原口巡査が同派出所まで移動させた)。同所において、被告人は、両巡査がなした同派出所常備の飲酒検知管一本とその比色表を使用した飲酒検知検査や飲酒量、飲酒時刻等についての質問になんら異議なく応じた(なお、被告人は、右の検知が、その飲酒の時から約七時間を経過しておりアルコール反応が出るはずがないのに、これが検知されたのは、右検知管に欠陥が存したにほかならないというが、本件検知管は、交通取締の飲酒検知がしばしば実施されていた前示派出所のキャビネットに、そのために常備してあつたものの一本を使用し、飲酒直後ではなかつたので口腔粘膜にアルコール分の附着はないものとして呼気採取前のうがいはさせなかつたものの、その使用方法を説明したうえで行われたのであつて、被告人がいう飲酒時から相当時間が経過しているとの一事をもつて、取扱いの的確性について欠けるとするのは当らず、他にそれを疑わせる事情はない)。検知の結果は、呼気一リットルにつき0.25ミリグラム以上のアルコールが検出された。そこで、原口巡査が右検知結果および被告人の見分状況を基に被告人の酒気帯び鑑識カードを作成するとともに、被告人に右検知管を示して結果を確認させたうえで、酒気帯び運転違反の交通事件原票を作成し、その供述書欄に署名、押印を求めたところ、被告人は、供述を記入したうえ、署名し、指印を押捺した。そして、交通事件原票のいわゆる赤切符の交付を受けて、警察官の運転中止の指示に従い徒歩で帰宅した。

右の本件経過のもとにおいて、法律上問題とされているのは、走行中の車両に停止を求める交通検問が許されるものかどうか、であるが、警察法二条は警察官の権限行使の一般的根拠を定めたものであり、同条一項が交通取締を警察の責務として掲げ、交通の安全と交通秩序の維持をその職責として規定していることに鑑みると、同条項は、交通取締の一環として、当然右のような交通検問の実施を警察官に許容しており、右権限の行使に当り強制手段に出る場合は、その権限を規定した特別の根拠規定のあることを要するが、強制手段に出ないで任意手段による限り特別の根拠規定がなくともこれをなし得ると解すべきである。その場合、いかなる態様、程度の行為が任意手段として許容されるかは、同条二項と警察官職務執行法一条にいういわゆる警察比例の原則に従い、警察官の権限行使の具体的必要性と相手方の受ける不利益とを比較考慮して、具体的状況のもとで相当と認められる限度と解される。この観点からすれば、本件検問は、時期的に多発する飲酒運転等を取締る必要から警察官が右の目的で実施し、走行上の外観の不審点にかかわりなく通過する車両の全てに対して停止を求める方法でなされたのも、交通違反が走行中の車両の外観から直ちに確実に見分けられない(本件のような酒気帯び運転、運転免許不携帯、特別運行許可証の不携帯、整備不良車両の運転等)点を考慮するとやむを得ないところであり、しかし、その方法には強制的要素が全くなく、相手方である被告人に対して過重な負担をかけるものでなかつたこと、検問の時間、場所等を総合すると、本件の具体的状況の下において相当と認められる方法、限度の任意手段によつてなされたというべきであつて、違法とはいえない。のみならず、本件検問は、違反事実発覚の端緒ではあるが捜査そのものではなく、証拠の収集は、その後なされた捜査に被告人が任意応じた結果にほかならないのである。

してみると、本件における証拠の収集には、被告人の利益を侵害し、その意思の自由を奪い人格の独立を害するような重大な瑕疵があつたとはいえないから、これを違法として収集された証拠を禁止、排除すべき理由はない。

加えて、被告人の供述書謄本(交通事件原票謄本中のもの)、司法巡査二名の捜査報告書は、被告人側が証拠とすることに同意し(右供述書謄本についてのそれには、任意性を争わないという趣旨も含まれていると解される)、司法巡査の酒気帯び鑑識カード(質問応答欄を除く)は、これを作成した司法巡査原口勉を公判期日において証人として尋問し、作成の真正についての立証を経て証拠とし、飲酒検知管一本および比色表一枚(飲酒検知管入れ(紙箱)に貼付してあるもの、(比色表部分については証拠とすることに同意))は、被告人側が証拠とすることに異議ない旨述べた結果、いずれも適法な証拠調べを行つているのであつて、右の点からしても原判決の証拠採否の手続に非難すべき点はない。

つぎに、運転の事実についての補強証拠の挙示の点については、原判決挙示の証拠の標目中司法巡査二名の捜査報告書以下の各証拠(その証拠能力については前示のとおりである)が補強証拠たりうることは明らかである。

以上の次第で、原判決の訴訟手続に違法はない。論旨は理由がない。

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